東京地方裁判所 平成2年(ワ)13569号 判決 1991年5月30日
原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 平林良章
被告 株式会社 東京レンガ
右代表者代表取締役 荒木弘
右訴訟代理人弁護士 奥平甲子
同 土岐敦司
主文
一 被告は、原告に対し、金八五万三二三二円及びこれに対する平成二年一〇月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、五〇四万六〇六〇円及びこれに対する平成二年一〇月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、約束手形一一通を路上で拾得した原告から、遺失者(手形所持人)である被告に対し、報労金の支払いを求めた事件である。
一 争いのない事実等
1 原告は、平成二年九月五日、東京都新宿区歌舞伎町内の路上で、被告が遺失した別紙約束手形目録記載の約束手形一一通(額面合計二五二三万〇三〇〇円、以下「本件手形」という。)を拾得し、同日大宮警察署長に差し出した(原告が拾得したことは原告本人、被告が遺失したことは弁論の全趣旨)。
2 被告は、同日大宮警察署長から、本件手形の返還を受けた。
3 原告は、平成二年一〇月四日に到達した内容証明郵便において、被告に対し、報労金の支払いを請求した。
二 争点
1 報労金請求の基礎となるべき本件手形の価格はいくらか。
2 原告へ支払うべき報労金はいくらが相当か。
第三争点に対する判断
一 本件手形の価格について
1 遺失物法四条一項本文の「物件の価格」とは、遺失者が遺失物の返還を受けられないことによって被る財産上の損害をいうと解すべきであるが、遺失物が手形である場合、その手形が遺失者に返還されなかったとしても、遺失者がそれによって当然に手形の額面金額に相当する損害を被るものではなく、支払場所である銀行等に支払拒絶を申し出る以前に拾得者等がその手形を支払呈示して手形金の支払を受けた場合又は拾得者がその手形を第三者に譲渡して手形上の権利が第三者に善意取得された場合に初めて額面金額に相当する損害を被るのであり、手形が返還されずに単に放置されたままに止まるときは、公示催告手続を申し立てた場合に手数料等の損害を受けるにすぎない(なお、不渡り処分を免れるため異議申立提供金を預託した場合には、その利息金相当額の損害も被る。)。
そこで、遺失した手形の返還を受けられないことによって遺失者が被る財産上の損害は、右のような事態に陥る危険の有無、程度等を考慮して算定するのが相当である。
2 これを本件についてみるに、《証拠省略》によれば、本件手形は振出人の記名押印がなされ、その他の手形要件も既に記載されていたこと、被告は、取引先から支払のため本件手形の交付を受けてこれを保管していたが、平成二年八月三〇日にこれを紛失していることに気付き、同年九月三日には各振出人に紛失を連絡するとともに、振出人において支払場所の銀行等へ支払差し止めを依頼するよう求めたこと、当時本件手形の支払期日は早いものでも一か月余り、遅いものでは四か月余り先の日付であったこと、本件手形の内別紙約束手形目録記載⑥の手形(以下「⑥の手形」という。)は被裏書人欄を白地とする第一裏書がされていたが、その余の手形は受取人を被告と記載したまま裏書はされていなかったこと、本件手形は被告へ返還された後に各支払期日に決済されたこと、以上の事実が認められる。
また、一般に、受取人の記載があるが裏書が未了の手形であっても、受取人名での裏書を偽造すれば裏書の形式的連続を作出することができ、また、手形の転々譲渡を受けた第三者は常に振出人等の前者に振出の真正等を照会するとは限らず、これをしなかったとしても重大な過失がないとされる場合もある(当裁判所に顕著な事実)。
以上の点を総合考慮すると、本件手形の拾得者等が本件手形の支払期日に支払場所の銀行等から手形金の支払を受ける可能性はほとんどなかったものの、本件手形が第三者に善意取得されるおそれはある程度存在したと認められる。そこで、本件において報労金算定の基礎となるべき手形の価格は、⑥の手形につき額面の二分の一の価額である三六万六六五〇円、その余の手形につき額面の三分の一の価額である合計八一六万五六六七円(小数点以下四捨五入、以下同様)の合計八五三万二三一七円と認めるのが相当である。
二 報労金の額について
1 遺失物法四条一項本文は、遺失者から拾得者に対し物件の価格の一〇〇分の五より少なからず二〇より多からざる報労金を支払う旨定めているが、その金額に当事者間に争いがあるときは、裁判所が同規定の範囲内で諸般の事情を考慮してこれを決定できると解するのが相当である。
2 本件においては、前記認定の諸般の事情を考慮すると、原告へ支払われるべき報労金の額は本件手形の価格の一〇〇分の一〇である八五万三二三二円とするのが相当である。
四 結論
以上によれば、原告の本件報労金請求は、八五万三二三二円とこれに対する被告へその支払を請求した日の翌日である平成二年一〇月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 畑中芳子)
<以下省略>